鼓膜体温計

1.はじめに

従来の接触式センサーによる体温計は、迅速な測定をおこなう場合、センサーの形状を小さくすることが機械的強度の点から困難なことから、数秒程度で測定可能な鼓膜体温計が開発された。わが国では、鼓膜体温計は1990年代初めから医療用として使用された。迅速に測定できることから多人数の体温測定の他、救急外来、ならびに検温中じっとしていられない乳幼児の測定に役立つと期待された。

この迅速に測定できることは、同じ耳を対象に、短時間の間に繰り返し測定ができた。すると、再現性に乏しいことが判明。また左右の耳を測定すると差が見られ、どの測定値が「体温」として用いるのか、よりどころとなる基礎的な資料がなかったため測定器として信頼感を失った。これらの問題点は、使用者(消費者)側の測定技術に原因があると考えられ、以下の3で述べる鼓膜体温計側に原因があるとの発想はなかった。鼓膜体温計の使用経験は、世の中に出たばかりの1990年代には、従来使用している体温計と比較した報告が世界各地から100編あまり報告され、信頼できるとの報告も、信頼できないとの報告もあり、いまだ結論は出ていない。測定手技は、外耳道に体温計の測定プローベを挿入するだけであるので、熟練した技術を必要としない。一方、再現性の問題から、耳鼻咽喉科医師の間では信頼ができないとの意見が大勢を占め、耳鼻咽喉科の学会報告もいつの間にか消えてしまった。鼓膜を扱う耳鼻咽喉科の医師は、他科の医師に対してスパーバイザーとして鼓膜体温計を認識しておくべきであると筆者は考え、後述する各種鼓膜体温計の精度1、測定対象との測定距離と測定角度による誤差の程度2、多数例の腋下温と鼓膜温の対比3を調べて報告した。これらの再現性・信頼性を改善したであろう新機種が、1990年代終わりから市販されているが、第三者の評価は受けていない。


2.測定原理
 赤外線は電磁波の一種であり、絶対零度(
0°K)以上の温度にあるすべての物体は、表面から赤外線を放出し、この放射赤外線の量は、温度と一定の関係を有している。物体の温度と、そこから放射される赤外線の強さqを全波長域にわたり積分すると、その物体の温度Tのみにより決まる(Stefan-Boltzmann の法則) 。

 

q=σT4 σ:Stefan-Boltzmann の定数 (5.67310-12


 従って
qを測定すれば温度Tを知ることができる。これが測定原理である。


3.温度計測器(サーモパイル)
 赤外線の強さを測定するセンサーの一つサーモパイルは、測定対象物とサーモパイル自身の温度との温度差に比例した電圧を出力する。鼓膜から放射される赤外線の強さを、このサーモパイルにより測定し、その出力をA
/D変換し、ピークホールドなどの処理をおこない、体温として表示する。

このサーモパイルの温度が体温を含めた環境温に影響を受けると、恒常性を失い、鼓膜温を安定して測定することができなくなる。すると鼓膜体温計は再現性を失い、信頼できないものとなる。


4.鼓膜体温計の精度1

鼓膜体温計は較正を受けていると信じて購入するが、再現性に乏しいため、四種類の鼓膜体温計ごとに、再現性を調べた。生体でなく、コントロールとなる37℃の標準黒体を測定することにより、測定対象を一定に保つことができる。これにより測定手技による誤りを極力排除した。標準黒体は一クール10回連続測定し、合計10,000回測定した。結果はJISの基準値37±0.1℃に該当する割合は054%、標準偏差は0.210.37℃、最低表示温の出現は、連続10回の測定では初回に、最高表示温は4回目以降に認めた。10回の連続測定で得られた最高表示温と最低表示温は1℃以上も差を示す機種があった。つまり、較正がなされているのか疑問が残る。ばらつきが多い。簡便に測定できるが、一回しか測定しないのが普通であるが、複数回測定する必要があれば簡便な測定方法とはいえない。温度較差が1℃あれば、平熱と発熱状態を誤ることになろう。


5.測定対象との測定距離と測定角度による誤差の程度2

鼓膜体温計が、鼓膜温を測定する場合、測定温度は鼓膜までの測定距離に左右されるのか、また鼓膜の傾斜が強く、鼓膜体温計と鼓膜が正対していない場合に誤差が生じるのかを恒温水槽の水面温度を測定して調べた。水面温度は直接測定した他に、水面をラップで覆い、その表面温度を測定した。結果は水面から12cmの間では測定値に有意な差を認めなかった。また鉛直方向から30度まで傾けても有意な差を認めなかった。したがって、測定手技に責任はないと判断した。言い換えると、鼓膜体温計の再現性の問題は、測定手技に原因があるのではなく、測定機械に再現性の問題があると推測した。


6.多数例(1132人)の腋下温と鼓膜温の対比3

腋下温と鼓膜温の比較の精度を高めることを目的として、多数例を調べた。多数例を調べることで、年代別の検討もおこなった。鼓膜温の平均は36.54℃、腋下温の平均は36.53℃となり、両者に有意な差はなかった。鼓膜温は40歳代が他の年齢より有意な差をもって高温であった。男性では年代別の差は認めなかった。女性では3040歳代が高温であったが、20歳代までは腋下温が鼓膜温より高温であったが、30歳代以降では、逆に腋下温が鼓膜温より低かった。


参考文献

1)鼓膜体温計の基礎的研究 ー四種類の鼓膜体温計の精度ー 耳展 41615-6211998. 西澤伸志

2)鼓膜体温計の基礎的研究 II ー測定距離、測定角度による偏差ー 耳展 4223-291999. 西澤伸志

3)赤外線鼓膜体温計による1,1322,264耳の鼓膜温 耳展 42597-6031999. 西澤伸志

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